石碑巡遊〜手書きの魅力

名文・名筆を求め、各地の史跡・社寺などを巡り紹介していきます。現在、NOTEへ移行中完全移行後、こちらは閉鎖します。

なぜ?明治頃までの横書きの文字は右から左に書くのか。

 私自身それなりの年数書道に触れてきました。そんな話をするとよく聞かれる質問があります。それは、「昔の横書きの文字は右から左に書かれていて読みにくい。」というものです。現在では左から右が当たり前なので違和感しかないですよね。

 

 理由は以下の

 

 ①古来、漢字伝来より字は縦書きで右から左が主流。(国語の教科書と同じ)

 

 ②横書きという概念はない。全て縦書きの書き方に倣う。そのため、縦に一文字しか入らない場合、改行のルールに則り右から左に書くようになる。

 

という2つの事が考えられます。つまり、昔の日本人にしてみれば右から左に書くのは当たり前なことなんですね。

 

 ところが、実はこの右から左に書いていくのはいつから定まった書き方か、はっきりとしていないのが実情のはずです。

 「はず」と濁したのは正式に文章として残っていないからで推測しかできないからです。

 

 ということで、色々調べてみました。が、明治頃から出現した「左から右」の横書きの由来は割と出てくるのに対し、「右から左」はなかなかコレといったのが無かったので、拙稿としてまとめてみました。

 

 まず、漢字の興りである甲骨文の時代には「右から左」と「左から右」が同じ獣骨(紙)内に乱立しています。

 

 ※画像は『中国法書選1 甲骨文・金文 殷・周・列国』 二玄社 p11 より

 

 これは甲骨文字を使用していた殷(商)代においては少なくとも見られる現象です。

 

 しかし、この後の周の時代になると既に「右から左」に統一されているのです。

 そうなれば、「右から左」の書き方は少なくとも紀元前1046年頃から3000年以上は使われてきた書き方になりますね。

 

 甲骨文は占いの結果など、神様との通信結果を刻むものでした。その占い結果によって他国に攻め入るとかどうとかを決めていたというのですから大変重要な意味を持ちます。そのため、どんなに筆記対象が小さくてもムダにはできません。比較的近い年代の言葉が同じ獣骨に刻まれているのがその証拠だと思います。

 

 また、権力者の思い通りになるように何度も占った形跡もあるというような記述を読んだ記憶もあります。そうなれば、「この前の占いの内容をもう一度占うからその側に書こう」として文章の配列は無視して書くのも理解できます。ましてや占い結果は一部の人が一時的に見るだけで世間的にみせびらかすものではありません。そうなればメモ書きのように自分達がわかれば良い訳です。

 

 それでも時代が進むにつれきれいに読みやすくしようと思ったのか、こんな現象が起こります。

 

 ※画像の出典は同上。p18より

 

 画像は第五期のものですが、12と13を境に「右から左」と「左から右」が分かれています。ちょうど獣骨の中心に当たる部分を境にしているようです。

 となれば、殷末期には何かしら「まとめて書く」という思想が出てきたのかもしれません。

 

 さて、同じ殷代でも青銅器には「左から右」に書かれたものの存在が確認できていません。

 

 青銅器製造の最初期で存在が確認されているのは甲骨文の第二期とされ、文章が刻され始めたのは殷末期にあたる甲骨文の第五期とされています。

 

 そう考えると、青銅器の出現が「右から左」の統一を不文律として成立させたのではないかと考えられそうです。

 

 青銅器はお祀りに使う祭器の意味合いが強いものになります。あるいは貝(褒賞)を授与した証明として造ったようですので、他人に見せびらかすものになります。

 

 そうなれば他人が見易いように配列を統一する必要があります。殷代甲骨文第五期の時代、青銅器の出現に伴い「右から左」の書き方が自然となったといえそうです。

 

 ちなみに、筆法上も「右から左」に書くのは理に適っています。大前提として多くのヒトは「右利き」です。

 

 篆書といわれる秦代までの文字は概ね左右対称の構造のため、右から書こうと左から書こうと書きやすさはさほど変わりません。しかし、性急に文字を書こうとすると必然、文字の形が崩れてきます。すると複雑な構造を持つ篆書は右利きの人が書きやすいように右回りの回転が加えられていきます。その結果として右側に波を持つ隷書や、右から左へと連綿する草書が生まれてくるのです。

 

 また、筆記具である筆は筆を立てて書く特徴から右手の小指側と紙が擦れて汚すことが少ないのも「右から左」にはハンデとなりにくかったのでしょう。

 

 一方、アルファベットは左回転で形成されています。筆記体を書けば一目瞭然ですが、左回転では「右から左」に書くのは大変な手間です。そうなれば「左から右」が定着しますよね。

 

 筆記具もやや軸を倒して書くほうがインクを出しやすいことからしてもやはり「左から右」が有用です。

 左回転は左利きの人には書きやすいと思いますが、アルファベットの筆記体を左から書くと左手の小指側は汚れそうです。そう思うと本当に世の中は左利きの人には優しくできていないですね。

 

 日本で「左から右」の書き方が出始めたのは江戸時代頃らしいです。

detail.chiebukuro.yahoo.co.jp

 こちらにその歴史がとても詳しく解説されていました。

 

参考文献

『中国法書選1 甲骨文・金文 殷・周・列国』 二玄社 1990年初版

『日本・中国・朝鮮/書道史年表事典』 萱原書房 書学書道史学会編 2005年初版